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文化としてのポエトリー・リーディングについての考察



ポエトリー・リーディングの起源


1955年、サンフランシスコのシックスギャラリーで、
ビート派と呼ばれた詩人、アレン・ギンズバーグが開催した朗読会が最初であるともされているし、
(この後、米国内には「ポエトリー・リーディング・カフェ」やバーが次々にオープンする。)
1930年代後半、米国内、大都市を中心に大きな社会問題となっていた黒人差別に対する抗議としての
街頭演説を行う中の数名が、その活動をポエトリー・リーディングと呼んだという説も強くある。
また英国で、偉人の書物とされる文学作品を、一青年が路上で滑稽なパフォーマンスをしながら朗読し、
周囲の笑いを誘ったのが始まり、と説明される事もある。

当時、ポエトリー・リーディングという文化を研究していた人物がいたかも不明であるが、
この起源について詳細を記した文献は存在しないようである。

ここで注釈を付する必要がある。何を以って、起源とするかである。
前述のそれは、「ポエトリー・リーディング(Poetry reading)」と名乗ったものの場合である。
現代あるポエトリー・リーディングと同様の姿を持ったものとする場合、
どれだけの文献があろうとも、起源の探索など不可能だからである。

ポエトリー・リーディングは、直訳すれば「詩の朗読」となる。
ここでいう詩とは、偉人として人々に影響を与えてきた詩人や文学者、識者、それに日々創作に励む者の
詩も含んではいるが、それのみを指しているものではない。
日本において、として続ければ、短歌・俳句・川柳等も含んではいるが、敷居が高い、芸術としてランクが高い、
とされやすいものばかりではない。

ここでいう詩には、敷居は無い。
日常のあらゆる場面、あらゆる感情の中に、当たり前に存在する言葉が詩である。
言うなれば、自分なりに物事を考えて生きている姿、そのものが詩なのである。
ポエトリー・リーディングの本質は、どのような言葉であるのか、どのような形式であるか などに拘らず、
内側に閉じ込めず、外側へ放出させてくれる、包容力を持った場である。
作者である朗読者がその場にいるわけだから、パフォーマンスも好きにしていい。
原型は自己表現なのだから、世界中で、辿れないほどの昔から実際には存在していたかもしれない。



ここで参考資料として、映画作品を紹介する。
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映画 SLAM 紹介 >> CINEMA topics online

映画 「SLAM」


1998年、全米でヒットし2000年、日本で公開された。
主人公の黒人青年はワシントンDCのスラム街に住み、
麻薬売買をし、それでぎりぎりの生活を保っている。

青年は即興詩を作れるという特技を持つ。
青年はこの「言葉」を、時には武器に、時には祈りとして
内から出る言葉を「作品」にかえて叫ぶ。

ここで登場するのが「ポエトリー・リーディングイベント」。

ポエトリー・リーディングを構成の中心に据えたこの映画が記録的にヒットしたことは
米国で、この文化に対する関心が高い(= 一般認知されている)ことの証明とも言える。

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コミュニケーションと潜在的認知


自分の知らない人間が多い中に立って、自分のみを用いて表現することは、
コミュニケーションの完結にも繋がっていくものではないだろうか。
現代の日本が日々、急速に失ってゆくもの、それを埋める役割も果たせると考える。
双方向性。人の作品にも耳を傾けてみる。これだけで、既に関わりがはじまっている。

全国各地から次々に開拓者が現れ、ポエトリー・リーディングに触れることのできる環境が多く出来、
「日常生活シーンに最も近い文化」、それに「優れた芸術文化」として発展して行く。
伝えたい言葉を伝えるという意味で、潜在的には誰もが理解する文化であるから、
日本においても一般認知向上、大変な人気となる日が来ることは間違いないのだろう。




ここで、上記の文に日本に於ける現状とAWCの採り入れている方法を合わせ、
まとめてみると次のようになる。また、良い意味でそのようにしかならない。


ポエトリー・リーディング(Poetry reading)、
スポークン・ワード(Spoken word)、スポークン・ワーズ(Spoken words)は、
現代詩、詩、歌詞、物語等を「歌う」というよりは「朗読する」、
「話す」、「語る」、「魅力を纏って聴かせる」
文学の芸術、および芸術的パフォーマンス。

しばしば音楽の演奏、伴奏がつくこともあるが、話者の優位は保たれている。
ストーリーテリングや脚本と同義に扱われることもある。絶対的概念がないため間違いであるとは言えない。
根源性は同じであるから。


自作が基本ではあるが、
識者、偉人、詩人等文芸人が既に発表された文学作品、詩や歌詞が詠まれることもある。
また、ソネット、短歌、俳句、川柳など、
形式の決まっている「敷居の高いもの」が詠まれることもあるが、
それは自由性という意味であり、AWCでは区別、差別(ランク付け)をしない。

この文化に参加する「アーティスト」(皆、アーティストである)は
詩人、ミュージシャンである場合も見られるが、
そうではない場合の方が事実として多い。

このようなテーマで友人と会話している最中、
直感的・無意識的に発していた言葉がある。単語の組み合わせではあるが、
それは「パフォーマンス・ポエトリー・ムーヴメント」。

では関連続記事として、こちらもお読みください。 AWCから発生、派生した造語・呼称など



( 2005.1.9 椿 )




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